相馬印ばん店 宮崎の手書き手彫りの印鑑屋

お店について

明治二十五年、秋月種樹公に書いていただいた看板

お店の歴史職人紹介五代目 相馬宗典沿革

相馬印ばん店の歴史


京都で印章の修行をして、佐土原城のお膝元となる佐土原町上田島にて開業。

1889年に宮崎町が発足した頃、今後、秋月藩の城下町だった高鍋町か、宮崎町(現宮崎市)のどちらかが栄えると考え既に児湯郡の中核都市として栄えていた高鍋町(現在の宮崎銀行高鍋支店の長屋があったその一角)に移転しました。

その後、明治天皇の先生としてのお役目を終えて東京から帰って来た秋月種樹公に「博愛堂」と看板を書いて頂きました。(看板は店内に飾っております)

プロテスタントでもあるので“博愛堂”と付けたと思います。

明治25年に種樹公は病に伏せて神奈川に行かれております。

創業当時の物証は何一つ残っていません。ですので、明治25年には書かれたとのことで創業明治25年としております。

実際はもっと以前に創業していると思われます。

その当時、高鍋町は六日町、十日町に官公庁があったので六日町に移転し、平成9年まで営業していました。

平成9年中頃には通りに人通りが少なくなり宮崎銀行のそばに移転。

その後、道路拡張により平成22年10月に現在の場所へ店を建てることなり、現在に至っております。

現在、五代目 宗典が営んでおり、技術を上げても奢らず常にお客様の立場に経って考える様に心掛けております。

職人紹介


上の写真は、初代寅次郎

初代 相馬 寅次郎(そうま とらじろう)

慶応2年(1866)8月8日〜昭和6年4月20日

京都で修行をして、佐土原上田島で開業。その後、明治23年3月21日に高鍋町へ移転をする。

高鍋町に来て秋月種樹公に「博愛堂」と看板を書いて頂きました。宗兵衞の次男。

二代目 相馬 良次郎(そうま りょうじろう)

明治40年2月25日〜昭和23年5月20日

戦争から帰還後に盲腸を患い、手術した際に綿花を体内に残す医療ミスにより四代目が小学4年生の時に他界。

三代目 相馬 ナツ(そうま なつ)

明治39年6月25日〜昭和63年

二代目が生前中に音楽教師を辞め二代目にゴム印の字入の仕方や、彫り方を教わっていたので、三代目が他界後に42歳で子供6人抱え店を一人で経営しました。

木口(印鑑)の仕事は出来ないので原稿を四代目が二代目の友人である宮崎市の小川桃仙印房へ持って行き作って貰っていたそうです。

四代目 相馬 往弦(そうま みちお)

昭和13年6月21日〜平成26年1月26日

中学を卒業後、宮崎市にある小川桃仙印房へ丁稚奉公へいき、昭和34年に相馬印ばん店に就く。
現在の印相印を主体とした字入れの仕方を店の主として印章をつくる。

五代目 相馬宗典

昭和49年4月15日〜   平成16年に相馬印ばん店へ就く。

最初の2年間は機械で彫る事を考え営業などに打込むが、一通りの工程を知って置くために始めて粗彫り(字入後に彫っていく作業)をしている内に創り上げる楽しみと喜びを知り、また、彫れる職人が日々減っていく時代、更に歳をとった時ふり返った時にどう生きたかを考える事で営業の道から職人の道へ歩み出し日々精進とし腕を磨いています。

四代目の「印鑑の修行に基本はない」という言葉に納得いかず、調べている中で京都の印鑑屋さんと知り合い、そこで大阪で講習会が行われている事を知ったので、現在、毎月第三日曜日に大阪へいっております。

平成20年に何気にインターネット上に載せていた屋号と電話番号で当時ジェフ市原に所属していた巻誠一郎選手の印鑑の御注文を受ける事でインターネットを活用する事を本格的に考え、ブログと、ホームページを立ち上げて現在に至っております。


[受賞歴]第63回宮日総合美術展 篆刻の部「賞花釣魚」入選

     第65回宮日総合美術展 篆刻の部「知者不惑」入選

     第38回宮崎県美術展 篆刻作品「賞花釣魚、狗尾続貂」入選

     第24回ふれあい書道展 半紙漢字「龍」特選 半紙漢字「無量壽」奨励賞

     第59回大印展 篆刻作品 銅賞

     第60回大印展 篆刻作品 銀賞

沿革

1880年後半 寅次郎(慶応2年生)が佐土原町上田島で開業
1892年迄に 秋月種樹公より「博愛堂」と看板を書いて頂く
1903年 高鍋町に移転(現在、宮崎銀行高鍋支店)寅次郎37歳
19xx年 高鍋町六日町に店舗兼住宅として移転
1997年 高鍋町一番街入り口(宮崎銀行高鍋支店の斜め前)
2007年 ブログ(はんこ職人の気まぐれ日記)を書き始める(8月)
UMKのニュースの枠の取材撮影を受ける
2008年 ホームページ開設(2月)
2009年 宮崎日日新聞に老舗の連載記事の載る
2010年 道路拡張により高鍋町804番地に移転(10月)
2011年 「宮崎恋旅×東京ガールズコレクション」に双魚印を双恋印として提案、宮崎県のお土産の一つとして採用される。(4月)
この頁の先頭へトップ頁へ